ビデオカメラなど各種センサーから取り込まれる実世界のデジタルデータが急増している。ITは今、そうした実世界のデータをどん欲に取り込み始めている。同時に、スマートグリッドや高度道路交通システム(ITS)といった様々な社会システムを通して、直接・間接に我々の実世界の活動に影響を与えている。実世界とITが緊密に結合されたシステムを「Cyber-Physical Systems(CPS)」と呼ぶ。CPSの可能性と課題を考えてみよう。

 インターネット上のデータ量は指数関数的に増えている。調査会社の米IDCとストレージベンダーの米EMCが共同で実施した調査によれば、全世界で生成されるデジタル情報は、2009年12月時点で700エクサバイトだった。こうした状況が、「情報爆発」と呼ばれ注目されている。

国際競争力のカギを握るCPS

図1●米科学財団が2009年2月に発行した公募内容
図1●米科学財団が2009年2月に発行した公募内容
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 一方で、Cyber-Physical Systemsという言葉が注目され出したのは、2009年のこと。米国科学財団(NSF)が米国での新たな研究支援プログラムとして、およそ年間30億円の予算をつけたことが一つのきっかけであろう(図1関連資料)。

 NSFは、それに先立つ2006年に、CPSに関するワークショップを開催し、CPSの可能性や課題などを議論している。その裏には、米国競争力委員会のレポートがある。米国が今後の世界で競争力を保つためにCPSが鍵になるという見方である。

 ITと実世界の融合は、CPS以外の言葉でも表現されている。例えば、米IBMは「Smarter Planet」というビジョンを通して、ITがセンサーやアクチュエータを介して実世界と融合される世界を推進しようとしている。米HPは、「CeNSE(the Central Nervous System for the Earth)」という同様なコンセプトを打ち出している。米MIT(マサチューセッツ工科大学))やAuto-ID Labsが中心になって推進している「Internet of Things」も同様のコンセプトだと言える。

 IT業界がこぞってCyber-Physical Systemsあるいは類似のコンセプトを打ち出していることは、このトレンドが、社会的要請とともに、ビジネスとしても魅力的になってきていることを示唆している。

 情報処理学会は毎年、「ソフトウェアジャパン」というシンポジウムを開催している。2011年2月3日に開く「ソフトウェアジャパン2011」では、「サイバー・フィジカル・システム-クラウドに組み込まれる実世界-」がテーマである。社会システムを変革していく手段としてのCPSに注目し、日本のソフトウエア技術がCPSの領域で、どのように貢献していけるのかを議論する予定だ。本連載を通じてCPSに興味を持たれたなら、是非会場にも足を運んでほしい。

 ところで、ITと物理世界の統合は、今に始まったことではない。現代の飛行機や自動車などは、非常に複雑なITが既に組み込まれている。高級自動車には、最大100個程度のプロセサが組み込まれていることもある。

 ではなぜ今、CPSが改めて注目されているのだろうか。それには、三つの理由があると考えられる。